3/4 春めいて来た。 ― 2012年03月04日 23時24分35秒
森林公園の散歩も暖かさを感じながら、のんびりと。
だいぶ日差しも強くなって来た。。。
歩くスキーをする人、散歩?するエゾシカ、サビタの枯れ葉が何となく春っぽい。
南斜面でフクジュソウの蕾を見つけた。
そう、60年前の3/4、未だひな人形が下げられていない昼前、
「十勝沖地震」が起きました。
お袋と家の横で薪切りの手伝いをしていました。
凄い揺れに新築したばかりの家が大きく揺れて潰れるかと。。。
未だ、打ち付けた釘が錆びてないのですぐ緩むとのこと。
雪の大地を振り返りながら這って逃げたのを思い出します。
その時の震度が「6」だったのは最近知りました。
東日本大震災が1年経つにあたり、昔を思い出します。
プロパン・トラブル ― 2012年02月10日 17時22分06秒
2/7 北方領土の日 ― 2012年02月07日 16時29分32秒
今日は「北方領土の日」
と言っても、毎年のごとく進展のない現実を目の当たりにして、少々うんざりしていると言うのが私の心中です。
道民だから頭にあるが、北方領土から遠い地方の人はどれだけ関心があるのか。
竹島問題、尖閣列島問題と国の端にある島々が危うくなっている。
日本人が住んでいた、ロシア人が住んでいる北方領土にはもっともっと難しい問題もあるだろう。。。
そこに住む、住んでいた人びとにとっては国境うんぬんより「我が故郷」との思いが強いだろうし。。。
なんか、私の生きている間に解決しそうにない問題ですね。
2島論や金で解決出来そうなタイミングもあったような。。。
あまり書くと。。。^^;;;
氷祭りで見かけた、この子はどれだけ関心あるのか。。。
明けましておめでとうございます。 ― 2012年01月01日 20時52分41秒
今年も。。。 ― 2011年12月31日 19時13分38秒
冬至も過ぎて。。。 ― 2011年12月23日 22時19分39秒
手打ちそば ― 2011年11月28日 17時56分06秒
血圧79! ― 2011年11月24日 23時06分35秒
あの事故?病気から血圧が低くなりました。
詳しくは、あの病気の後から血圧を下げる薬を飲んでいるせいでしょうね。
若い時は100を切るほどの低血圧で、その後歳とともに上がってきて、130オーバーが当たり前の現状でした。
それが心筋梗塞を煩ったことで、心臓に負担をかけないようにと血圧を下げる薬を飲まされています。
そのせいで?薬を飲んだ(朝食)後の血圧上が80台です。
頻繁に「立ちくらみ」が起きます。困ったモンです。><;
朝食前だと110台あるんですけど。。。
なので、朝飯前に行動起こしました。(爆)
写真仲間がエゾフクロウ見たいと言うので。。。
その後でおにぎり食べて薬飲みました。
彼は私の薬の量に目を丸くしてました。
14粒、これだけ飲むと満腹感も出ます。(狂)
こんなに飲んでりゃ、体に良い訳ないよなぁ~^^;;;
心筋梗塞。。。 ― 2011年10月06日 17時09分16秒
撮影中、だんだん胸が締め付けられるような痛みが大きくなっていく。
その時に、「心筋梗塞だ」とは思いも付かなかった。
そもそも心筋梗塞とはどんな状況になるのかも分かっていなかったし。。。
地震で棚などの下敷きになり、胸を圧迫されて苦しくて藻掻いているような感じですね。
術後5日ほど、担当Drが処置説明をしてくれた。
詰まっている血管箇所にカテーテルが来、そのあと電気が点いたように末端の血管に造影剤が流れる瞬間を見た。
それは一瞬の出来事、すごい速さで毛細血管まで流れた。。。
「三途の川縁を離れた」瞬間でもありました。^^;;;
発症から3時間ちょっとの出来事。
Drいわく、「あと少し遅かったら、今こうして居られなかったでしょう」と。
退院時、ダメージはどのくらいだったのかと尋ねた。
「軽か?」と。
「いいえ、中の中以上ですよ。術後発熱が続いたのもその大きさを表しています。」と。
入院中はヒマで昼に夜に寝てばかり、夜中に目が覚める。。。
病室から眺める夜明けの頃は神秘的!^^;
三途の川の淵まで行ってきた。。。 ― 2011年10月03日 22時08分06秒
9/16「2011ツールド北海道」第1ステージ帯広~標茶を撮りに、
ゴール多和平の5km手前で待ち構えていた。
トップ選手の通過が14時過ぎたころでした。
その少し前から胸を締め付けられるような痛みが出始める。
それでも選手が通過し始めると、ファインダー覗いてシャッター切ってました。
でも、20分もしないうちに、痛みでファインダーに集中出来なくなって来た。
胸をプレス機で押しつぶされそうな痛みです。
何とか機材を車に積み込んだ時には、運転できる状態ではなかった。
14:30 携帯で「119」を呼び出し、苦しい旨を伝えるのがやっと。
弟子屈の消防から、標茶の方に回され、名前の漢字まで確認されるのには。。。マニュアル通りの受け答えしかしてくれない。
救急車も居場所が分からず、到着まで30分以上かかった。
それでも救急車で10分ほどの所に釧路から「ドクターヘリ」が来て待機していた、ようです。(プロペラの音でそう思った)
そこから20分ほど飛んで、ヘリポートのある市立総合病院に運ばれた。
手術室では10人ほどのスタッフが居たと後で分かった。
両手両足、色んな器具が付けられ、造影剤で「左冠動脈前下行枝」付け値が詰まって、カテーテルによる「冠動脈ステント留置術」がなされた。
つまり、「急性心筋梗塞」だったのです。
(つづく。。。)
14:22 現場で最後に撮った画像です。><;
ゴール多和平の5km手前で待ち構えていた。
トップ選手の通過が14時過ぎたころでした。
その少し前から胸を締め付けられるような痛みが出始める。
それでも選手が通過し始めると、ファインダー覗いてシャッター切ってました。
でも、20分もしないうちに、痛みでファインダーに集中出来なくなって来た。
胸をプレス機で押しつぶされそうな痛みです。
何とか機材を車に積み込んだ時には、運転できる状態ではなかった。
14:30 携帯で「119」を呼び出し、苦しい旨を伝えるのがやっと。
弟子屈の消防から、標茶の方に回され、名前の漢字まで確認されるのには。。。マニュアル通りの受け答えしかしてくれない。
救急車も居場所が分からず、到着まで30分以上かかった。
それでも救急車で10分ほどの所に釧路から「ドクターヘリ」が来て待機していた、ようです。(プロペラの音でそう思った)
そこから20分ほど飛んで、ヘリポートのある市立総合病院に運ばれた。
手術室では10人ほどのスタッフが居たと後で分かった。
両手両足、色んな器具が付けられ、造影剤で「左冠動脈前下行枝」付け値が詰まって、カテーテルによる「冠動脈ステント留置術」がなされた。
つまり、「急性心筋梗塞」だったのです。
(つづく。。。)
14:22 現場で最後に撮った画像です。><;










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